通帳を見に行くたびお金が減る理由に気づいた朝と小さな出費の正体

年金
  • URLをコピーしました!

目次

通帳記帳に行くたび、退職金が少しずつ減っている気がした話

60代になってから、お金の話は急に現実味を帯びてきます。

若い頃は、給料日前に財布が軽くなることのほうが切実でした。けれど、定年が見えてきたり、退職金が口座に入ったり、年金の通知書をじっと眺める年齢になると、お金は「増やすもの」というより、「減っていく音を聞くもの」のように感じることがあります。

最近、老後資金や退職金、NISA、年金に関する記事を読んでいると、どうしても大きな数字に目が行きます。退職金をどう運用するか。新NISAにいくら入れるか。年金だけで暮らせるのか。老後資金はいくら必要なのか。

でも、今日私が書きたいのは、そういう立派な資産形成の話ではありません。

もっと小さくて、もっと情けなくて、たぶん60代男性があまりブログに書かない話です。

それは、「通帳記帳に行くための交通費」と「ATMの帰りに飲む缶コーヒー」が、じわじわ老後資金を削っているのではないか、という話です。

4月30日。暦の上では春も終盤です。もうすぐ八十八夜が近づき、新茶の季節がやってきます。朝の空気にはまだ少し肌寒さが残りますが、昼になると上着を一枚脱ぎたくなる日もあります。そんな季節に、私は銀行のATMの前で、自分の通帳を見つめながら、妙なことを考えていました。

「投資で損するのは怖い。でも、何もしないことで減っているお金には、私は鈍感すぎたのではないか」

退職金を守っているつもりで、実は“安心代”を払い続けていた

退職金が入ったとき、私は正直ほっとしました。

長く働いてきた証しのようなお金です。何十年も、雨の日も、暑い日も、理不尽な日も、それなりに頭を下げ、それなりに我慢し、それなりに家族や生活を支えてきた結果として、ようやく口座にまとまった金額が入るのです。

だからこそ、簡単には使えません。

NISAが良いと聞いても、「今さら株か」と思います。配当金が入ると聞いても、「そんなうまい話があるのか」と疑います。投資信託が長期では有利だと説明されても、「私の長期とは何年なのか」と考えてしまいます。

20代や30代なら、多少下がっても時間があります。40代や50代でも、まだ働きながら取り返せるかもしれません。けれど60代になると、投資の損は単なる数字ではなく、「生活の不安」として胸に響きます。

だから、私は銀行に行きます。

通帳を記帳します。残高を確認します。減っていないことを確認して安心します。窓口のポスターで退職金向けの定期預金キャンペーンを見ます。金利優遇という言葉に少し心が動きます。けれど、よく読むと期間が限られていたり、金額条件があったり、退職から何年以内と書かれていたりします。

悪い話ではありません。むしろ、現金を安全に置く選択肢としては大切です。

ただ、問題はそこではありませんでした。

私は「退職金を守る」という名目で、銀行に行くたびに交通費を使い、帰りにコーヒーを買い、ついでに昼食を外で済ませ、ときにはスーパーで予定外の買い物までしていました。

一回あたりは大した金額ではありません。

バス代、缶コーヒー、昼の定食、つい買った菓子パン。合計しても数千円です。投資で何十万円も損する話に比べたら、かわいいものです。

しかし、老後のお金で怖いのは、大きな損だけではありません。

「安心したい」という気持ちのために、少しずつお金を使っていることに気づかないことです。

年金生活で一番見えにくい支出は、贅沢ではなく“確認作業”だった

年金生活に入ると、多くの人は節約を意識します。

外食を減らす。旅行を控える。電気代を気にする。保険を見直す。スマホ料金を下げる。どれも大切です。

けれど、私が見落としていたのは、「確認するための支出」でした。

銀行に行く。郵便局に行く。証券会社の資料をもらいに行く。家電量販店でスマホ料金の相談をする。無料相談会に参加する。どれも一見、節約や資産防衛のための行動です。

しかし、外に出ればお金を使います。

交通費がかかります。時間も使います。つい喫茶店に入ります。帰りに惣菜を買います。無料相談のつもりが、帰宅後に不安が増えて、別の資料を取り寄せます。

こうして私は、老後資金を守るために動き回りながら、少しずつ生活費を膨らませていました。

もちろん、人と会うことや外に出ることは大事です。60代からの孤独を防ぐ意味でも、外出には価値があります。問題は、目的が「安心の確認」だけになっていることです。

通帳を見て安心する。年金額を見て不安になる。投資の記事を読んで焦る。退職金の金利を見て迷う。そしてまた銀行に行く。

この繰り返しは、資産形成というより、心の体温測定に近いものでした。

体温計を何度見ても、風邪は治りません。通帳を何度見ても、お金は増えません。

それなのに、私は記帳された数字を見ることで、「今日も大丈夫だった」と思いたかったのです。

NISAより先に必要だったのは、投資知識ではなく“使う理由の棚卸し”だった

60代からの資産形成というと、すぐにNISA、配当、投資信託、債券、定期預金という話になります。

もちろん大事です。特に新NISAは非課税で運用できる制度ですから、余裕資金があり、リスクを理解できる人にとっては選択肢になります。

でも、私のような普通の60代男性に最初に必要だったのは、銘柄選びではありませんでした。

「私は何に不安を感じると、お金を使うのか」

これを知ることでした。

私の場合、不安になると銀行に行きます。不安になると財布の中身を確認します。不安になるとネットで年金記事を読みます。不安になると、なぜか少し高い総菜を買います。「今日は疲れたから」と言い訳しながら、実は不安に対してお金で返事をしていたのです。

投資で失敗する人の話を読むと、「欲に負けた」と言われがちです。

もっと増やしたい。もっと儲けたい。今なら上がるはずだ。そういう欲が判断を狂わせる、と。

けれど、60代のお金の失敗は、欲だけでは起きません。

不安でも起きます。

減らしたくない。損したくない。家族に迷惑をかけたくない。病気になったらどうしよう。年金だけで足りるのか。そういう不安が、逆に細かな支出を増やしていきます。

私にとっての老後資金の失敗談は、株で大損した話ではありません。

「守っているつもりの毎日」に、少しずつお金を吸い取られていた話です。

退職金の使い方を考えるなら、まず大きな使い道を決める前に、小さな使い道を見つめたほうがいいのかもしれません。

銀行に行く日は月に一回でいいのではないか。
通帳記帳を安心剤にしていないか。
ATMの帰りに買うものは、本当に必要か。
無料相談のはずが、不安を増やす時間になっていないか。
NISAを始める前に、生活費の中にある「不安代」を見つけられないか。

こう考えると、資産形成は急に身近になります。

何百万円をどう運用するかの前に、毎週の数千円をどう扱うかです。配当利回りを調べる前に、自分が不安な日に何を買ってしまうかを知ることです。

60代の資産形成は、若い人のように「未来へ全力で増やす」だけではありません。

「自分の不安に、いくら払っているか」を知ることでもあります。

最後に気づいた一番高い支出は、缶コーヒーではなく“息子への見栄”だった

ここまで書くと、まるで私が缶コーヒー代やバス代を反省しているだけの話に見えるかもしれません。

実際、最初はそう思っていました。

銀行帰りの缶コーヒーをやめればいい。昼食を家で食べればいい。ATMに行く回数を減らせばいい。そうすれば、年間で数万円は浮くかもしれない。小さな節約でも、年金生活には意味がある。

そう考えて、私はある日、家計簿をつけ始めました。

退職金の残高。
年金の入金額。
食費。
医療費。
保険。
通信費。
交通費。
外食費。

数字を並べていくと、たしかに無駄はありました。けれど、思ったほど大きくありませんでした。

一番大きかったのは、別の項目でした。

「家族関連費」

正確に言うと、息子夫婦や孫に使うお金です。

帰省してきたら外食代を出す。
孫におもちゃを買う。
誕生日に少し多めに包む。
息子が「大丈夫?」と聞く前に、「こっちは心配いらん」と強がる。
妻には「たまにはいいだろう」と言いながら、本当は自分の懐が少し痛い。

私は老後資金を心配していました。
年金が足りるか不安でした。
退職金を減らしたくありませんでした。
NISAで損をするのが怖いと思っていました。

でも、一番お金を使っていた理由は、投資でも、銀行でも、缶コーヒーでもありませんでした。

「まだ父親として余裕がある顔をしたい」

それでした。

このことに気づいたとき、少し笑ってしまいました。

通帳の数字を見ていたつもりで、私は自分の見栄を見ていたのです。

60代男性のお金の不安は、単に生活費の問題ではありません。自分がまだ頼られる側でいたいという気持ち、家族に弱く見られたくない気持ち、長く働いてきた自分のプライドと深く結びついています。

だから、私は決めました。

次に息子家族が来たら、高い外食ではなく、家で新茶を入れようと。

もうすぐ八十八夜です。新茶は縁起がよく、昔から健康長寿の願いも込められてきました。立派な店に連れていかなくても、湯のみを並べて、少し良いお茶を入れて、「最近、年金のことをちゃんと考え始めた」と話してみようと思います。

もしかすると、それが一番の資産形成かもしれません。

退職金を増やすことでも、NISAで勝つことでも、配当金を得ることでもなく、家族の前で無理をしないこと。

これができれば、老後資金は少し長持ちします。

そして何より、自分の心が少し軽くなります。

60代からのお金の話は、数字だけでは終わりません。

通帳に載らない支出があり、家計簿に書きにくい見栄があり、年金通知書では測れない安心があります。

今日の結論は、少し意外です。

私が老後資金を守るために最初にやめるべきだったのは、投資ではありません。
缶コーヒーでもありません。
銀行通いでもありません。

「大丈夫なふり」でした。

それを一つやめただけで、退職金は減りにくくなり、家族との会話は増え、年金生活の不安は少しだけ小さくなりました。

老後のお金で本当に怖いのは、残高が減ることではなく、誰にも本音を言えないまま、静かに見栄だけが増えていくことなのかもしれません。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次