将来のために残した10万円が消えていた…空っぽの封筒から出てきた妻のひと言

穏やかな午後の日差し
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「いつか楽しむ」の“いつか”には、知らないうちに賞味期限があります

海辺の散歩道で笑顔の男性

今日は2026年7月10日です。

暦の上では小暑を過ぎ、本格的な暑さへ向かう頃です。朝、窓を開けた瞬間から、湿気を含んだ空気が部屋へ入り込んできます。庭や道端の草は元気ですが、こちらの体は朝から少々重たく感じます。

7月9日と10日は、浅草寺の「四万六千日」とほおずき市の日でもあります。この日に参拝すると、四万六千日分のご利益があると伝えられているそうです。赤いほおずきが並ぶ光景は、いかにも日本の夏らしいものです。

四万六千日と聞くと、ずいぶん長い年月だと思います。

ところが、人生について考えるとき、私たちは反対のことをしています。

「旅行は、もう少しお金が貯まってから」

「仕事を完全にやめたら、ゆっくり趣味を始めよう」

「家の修理が終わったら、夫婦で温泉へ行こう」

「孫が大きくなったら、自分の時間を楽しもう」

こうして、楽しいことを先へ先へと送っています。

私も以前は、それが立派な大人の生き方だと思っていました。今を我慢しておけば、将来は安心できる。お金を残しておけば、老後に困らない。楽しみは逃げないのだから、時間ができてから味わえばいいと考えていたのです。

しかし、最近になって気づきました。

お金には使用期限が書かれていませんが、楽しむ力には、目に見えない賞味期限があります。

旅館へ泊まるお金があっても、長い階段がつらくなるかもしれません。高級な料理を注文できても、以前ほど量を食べられなくなるかもしれません。新しい車を買える資金があっても、長距離運転に自信がなくなる日が来るかもしれません。

「まだできる」と「もう難しい」の間には、はっきりした境界線がありません。

ある朝、突然できなくなるのではありません。少し面倒になり、少し疲れやすくなり、少し不安になって、いつの間にか選ばなくなっていくのです。

老後のお金については、貯め方や増やし方が盛んに語られます。しかし、楽しむ力が残っているうちに、どのように使うかは、意外と語られません。

今回考えたいのは、老後資金の額ではありません。

「今の自分にしか使えないお金」を、どう見つけるかという話です。

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残高は減っていないのに、使えるお金が毎年減っていく不思議

私たちは、通帳の残高を見れば安心します。

例えば、預金が500万円あれば、来年も500万円の価値があるように感じます。投資信託が値上がりしていれば、「これでもう少し老後は大丈夫だ」と胸をなで下ろします。

もちろん、生活を守る資金は必要です。医療費、介護費、家の修繕費、車の買い替え、物価上昇への備えも考えなければなりません。

ただし、通帳の数字だけを見ていると、一つ大切な変化を見落とします。

お金の残高は同じでも、それを楽しみに変えられる能力は、少しずつ変化しているということです。

私は以前、九州から車で中国地方や四国を回る旅行を考えたことがあります。地図を開き、「ここで一泊して、翌日はこの町を歩こう」と考えている時間だけでも楽しいものです。

ところが、年齢を重ねると、旅行に必要なのは宿泊費やガソリン代だけではないことが分かってきます。

長く歩ける足、初めての道を運転する集中力、知らない宿でも眠れる体力、急な予定変更を笑って受け入れる気持ち。これらも、旅行のための立派な資産なのです。

仮に預金が100万円増えても、長距離を歩ける時間が短くなれば、実際に使える旅のお金は増えていないのかもしれません。

これは、健康だけの話ではありません。

好奇心にも賞味期限があります。

若い頃から行きたかった場所でも、「予約するのが面倒だ」「混雑しているならやめよう」「家のほうが落ち着く」と思い始めます。それは悪いことではありません。人は年齢とともに、静かな暮らしを好むようになるものです。

ただ、本当に興味を失ったのか、失敗や疲労を避けたい気持ちが強くなっただけなのかは、区別したほうがよいと思います。

All Aboutでは、60代はお金を増やすことだけでなく、現在の暮らしとお金の状況を見直すことが安心につながると紹介されています。

また、近年の記事では、60代になると「お金以上に大切なもの」に気づく一方、仕事を離れた後に何をしてよいか分からなくなる場合があるとも指摘されています。

私にも思い当たるところがあります。

現役の頃は、「時間さえあれば、やりたいことはいくらでもある」と思っていました。ところが、自由な時間が増えると、今日は暑い、明日は雨だ、来週でもいいと理由をつけ、結局は何もしない日が増えてきます。

朝食を済ませ、新聞やスマートフォンを眺め、少し草取りをして、昼になれば簡単な麺類を食べます。午後はエアコンの効いた部屋で横になり、夕方になって「今日も特別なことをしなかった」と気づきます。

穏やかな一日です。

けれど、穏やかさと先送りは、よく似ています。

何もしない日を楽しんでいるなら問題ありません。しかし、したいことを我慢した結果、何もしない日になっているなら、それは少しもったいないと思うのです。

老後資金とは別に「今年しか使えないお金」を決めてみました

私は最近、生活費や予備費とは別に、「今年しか使えないお金」を考えるようになりました。

立派な金融商品ではありません。銀行に専用口座があるわけでもありません。

例えば、今年のうちに使う5万円です。

使い道は、将来の生活を楽にするものではなく、今の自分が少し喜ぶものに限定します。

近場への一泊旅行でもよいですし、以前から食べたかった料理でも構いません。少し上等な靴を買い、それを履いて町を歩くのもよいでしょう。昔好きだった楽器をもう一度始めてもよいと思います。

大切なのは、「残ったら来年へ繰り越す」という考えをやめることです。

一般的なお金は、残せば褒められます。

しかし、「今年しか使えないお金」は、残すと失敗です。

そう決めると、不思議なことが起きます。

これまでは1万円を使うことに罪悪感があったのに、「今年中に使わなければならない」と考えると、何に使えば自分が本当に喜ぶのかを真剣に考え始めるのです。

欲しくもない物を衝動買いするのとは違います。

高価な時計や車を買う必要もありません。むしろ年齢を重ねると、物を増やすより、気分が変わる経験に使ったほうが満足しやすいように感じます。

近所の喫茶店で、普段より少し高いコーヒーを飲む。列車に一駅だけ乗り、知らない町を歩く。妻と昼間から寿司を食べる。昔の友人に連絡し、二人で温泉へ行く。

こうした小さな使い方なら、老後資金を大きく傷つけません。

『毎日が発見ネット』で紹介された60代の暮らしでは、不要な人間関係や取り越し苦労を手放し、一人のお茶の時間、軽い運動、地域活動など、小さな日常を楽しむ姿が紹介されています。

PRESIDENT Onlineの記事でも、老後の幸福感は財産額だけで決まるものではなく、自分が幸せを感じる基準との関係が大きいという趣旨が語られています。

つまり、老後を楽しむには、派手なぜいたくより「自分が喜ぶ金額」を知ることが大切なのでしょう。

500円で満足できる人が、毎週楽しみを得ることもあります。一方で、何十万円使っても、人と比べてばかりなら満足できません。

今を楽しむために必要なのは、大金ではなく許可です。

今日は少し休んでもよい。

自分のためにお金を使ってもよい。

家族のためだけでなく、自分のために予定を入れてもよい。

私たちの世代には、この許可を自分へ出すのが苦手な人が少なくありません。仕事を優先し、家族を優先し、将来を優先して生きてきたからです。

それ自体は、誇ってよい生き方だと思います。

ただ、これからは「現在の自分」も、扶養する家族の一人に加えてよいのではないでしょうか。

自分を甘やかすのではありません。

これまで頑張ってきた自分の生活費だけでなく、楽しむための費用も、家計に正式に入れてやるのです。

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将来のために開けなかった封筒を、妻が勝手に使っていました

少し前、私は机の引き出しを整理していました。

古い領収書、使わなくなった通帳、期限の切れた保証書などが出てきました。その中に、茶色い封筒が一つありました。

表には、私の字でこう書かれていました。

「これからのためのお金」

中には、10万円を入れたはずでした。

何年か前、臨時の収入があったとき、老後に必要になると思い封筒へ入れたのです。使い道は決めていませんでした。病気になったときか、家電が壊れたときか、何か困ったときのために取っておこうと思いました。

ところが封筒を開けると、現金がありません。

代わりに、小さな紙切れが何枚も入っていました。

ホテルの領収書、食事をした店のレシート、高速道路の利用明細、観光施設の半券。そして、妻が書いたらしい短いメモがありました。

「もう使いました」

私は一瞬、腹が立ちました。

大切に取っておいたお金です。勝手に使うとは何事かと思いました。

しかし、領収書の日付を見ているうちに、記憶が戻ってきました。

数年前、妻と行った一泊旅行でした。

海の見える宿に泊まり、夕食に魚を食べ、翌朝は少し早起きして砂浜を歩きました。帰り道では道を間違え、予定になかった小さな町へ入りました。そこで古い喫茶店を見つけ、二人でコーヒーを飲みました。

私はすっかり忘れていました。

封筒の10万円は、妻が勝手に使ったのではありません。

旅行へ行く直前、私自身が妻へ渡していたのです。

「これからのために取っておいたけれど、これからとは、今度の旅行のことかもしれない」

そう言って渡したらしいのです。

それなのに私は、その事実を忘れ、「まだ封筒に10万円がある」と何年も思い込んでいました。

妻のメモには、続きがありました。

「お金はなくなりました。でも、あのときのあなたは、今よりずっと遠くまで歩けました」

私は、その一文をしばらく見つめていました。

確かに今なら、同じ砂浜を同じ距離だけ歩けるか分かりません。長時間の運転も、以前より疲れます。あの旅行を「もう少し先で」と延期していたら、結局行かなかった可能性もあります。

私は、10万円を失ったのではありませんでした。

まだ歩けた自分の時間を、10万円で買っていたのです。

そして驚いたことに、思い出せなくなっていた旅行が、数枚の領収書によって、再び私の中へ戻ってきました。

将来のために残したお金は、使わなければ数字として残ります。

しかし、適切な時期に使ったお金は、数字ではなく、自分の人生の一部として残ることがあります。

老後資金をすべて使ってしまおうという話ではありません。無理なぜいたくを勧めるつもりもありません。

生活を守るお金は、しっかり残すべきです。

ただし、「いつか楽しむためのお金」を全部老後へ送ってしまうと、受け取る頃には、楽しみ方そのものが変わっているかもしれません。

今日7月10日は、浅草寺では四万六千日の縁日です。

一日のお参りに、大変長い年月分の意味を重ねる日です。

それなら私たちも、今日という一日に、少し大きな意味を持たせてもよいのではないでしょうか。

遠くまで出かけなくても構いません。

食べたかった物を食べる。誰かに電話をする。夕方の風が少し涼しくなったら散歩する。ほおずきのような赤い夕焼けを、立ち止まって眺める。

未来を大切にすることと、今を楽しむことは、反対ではありません。

今を楽しめる人だからこそ、これからの日々を楽しみに待てるのだと思います。

「これからのこと」を考えるとき、私たちは貯金、年金、健康、介護ばかりを思い浮かべます。

しかし、これから必要になるのは、お金だけではありません。

今日を無駄にしなかったという、小さな手応えです。

封筒の中は空でした。

けれど、私が将来へ残していたものは、現金より少し温かいものでした。

それは、元気だった頃の妻と私が、砂浜を並んで歩いている時間でした。

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【参考にしたサイト】

・All About「貯め過ぎ注意?60代で気付く『お金以上に大切な3つのこと』」
・All About「60代からの『お金と暮らしの見直し』で、何が変わる?」
・毎日が発見ネット「60代で『始めたこと』『やめたこと』」
・PRESIDENT Online「1000円でも幸せな人…『老後の幸福度』を左右するもの」
・浅草寺公式サイト「四万六千日・ほおずき市」

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