「このままで終わりたくない」と月三千円を使ったら、人が座れない椅子から人生が動き始めた

温かみのある木工作業部屋
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「このままで終わりたくない…!」と思ったら、老後資金より先に確認したい“人生の未完了残高”

明るい庭での笑顔の男性

六十歳を過ぎた頃から、ときどき胸の奥に浮かんでくる言葉があります。

「自分の人生は、このままで終わっていいのだろうか」

若い頃のように、大きな夢を追いかけたいわけではありません。会社を興して大成功したいわけでも、有名人になりたいわけでもありません。

それでも、朝起きて顔を洗い、新聞を読み、昼になれば簡単な食事を済ませ、夕方にはテレビを眺めるという一日を繰り返していると、何ともいえない物足りなさを感じることがあります。

お金に困っているわけではない。体も、今のところ大きな病気はない。家族との関係も、悪いわけではありません。

それなのに、なぜか心の中に小さな穴が開いているのです。

令和8年7月11日の今日は、二十四節気では「小暑」の頃です。七十二候では「温風至(あつかぜいたる)」に当たり、梅雨明けを思わせる温かい南風が吹き、本格的な暑さへ向かう時期とされています。

窓を開けると、湿気を含んだ風がカーテンを揺らします。庭の草は驚くほど早く伸び、朝からセミの声も聞こえてきます。

季節は、こちらの都合など待ってくれません。

毎年同じように夏が来ているように見えますが、私たちにとって六十一歳の夏は一度だけです。六十五歳の夏も、六十九歳の夏も、一度しかありません。

そう考えると、「そのうちやろう」と先送りしているものの正体が、少し怖くなってきます。

老後について考えるとき、多くの人は預金残高や年金額を確認します。しかし、もう一つ確認しておきたい残高があります。

それが、人生の中に残っている「未完了残高」です。

通帳には載らない「やり残したこと」が、老後の心を少しずつ重くする

未完了残高とは、やりたいと思いながら、長い間そのままにしていることです。

若い頃に習いたかった楽器、途中で諦めた資格、もう一度訪ねたかった町、謝れないまま疎遠になった友人、書きかけの文章、直そうと思いながら物置に置いた古い家具などです。

一つひとつは、たいしたことではないように見えます。

ところが、こうした未完了案件が増えていくと、人は無意識のうちに「自分は何もやり切れなかった」という感覚を持ちやすくなります。

私は以前、老後の安心とは、貯金が減らないことだと思っていました。

通帳の数字が多ければ多いほど安心できる。年金の範囲で暮らし、できるだけ元本を崩さず、予定外の出費を避けることが立派な老後だと考えていたのです。

しかし、実際に六十歳を過ぎてみると、お金を使わないだけでは、心まで満たされるわけではありませんでした。

たとえば、ある平日の午後です。

私はスーパーへ行き、値引きされた刺身と豆腐を買いました。帰宅して洗濯物を取り込み、冷たい麦茶を飲みながらテレビをつけました。

特別に困ったことはありません。

それでも、時計を見るとまだ午後三時でした。

「今日も、もうやることがないな」

そう口にした瞬間、少し寂しくなりました。

仕事をしていた頃は、時間が欲しいと思っていました。休日になれば、何もせずに過ごしたいと思っていました。

ところが自由な時間が増えると、今度はその時間を何に使えばよいのか分からなくなったのです。

近年は六十代後半になっても働く人が増えています。もちろん、生活費のために働く人もいます。しかし、収入だけでなく、誰かに必要とされることや、一日の中に役割があることを求めて働く人も少なくないのだと思います。

仕事には給料だけでなく、「今日、自分がここにいる理由」を与える面があるからです。

だからといって、無理に再就職する必要はありません。

大切なのは、自分が長い間放置してきた未完了案件を、一つ見つけることです。

紙を一枚用意して、次の言葉を書いてみます。

「お金と時間が少しだけあったら、本当は何をしてみたかったか」

立派な答えを書く必要はありません。

船で世界一周したい、店を開きたいという大きな夢でなくてもよいのです。

包丁を研げるようになりたい。

一人で映画館へ行ってみたい。

昔の同僚に暑中見舞いを書きたい。

自分で釣った魚をさばきたい。

若い頃に乗っていたオートバイを、もう一度見に行きたい。

こうした小さな願いほど、人生の奥に長く残っています。

そして、小さいからこそ、「いつでもできる」と思って放置してしまうのです。

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老後資金を守るだけでなく、月三千円の「未完了口座」をつくる

そこで私は、生活費や投資資金とは別に、月三千円だけを「未完了口座」として使うことにしました。

実際に銀行口座を新しく開設する必要はありません。封筒でも、小さな缶でも構いません。

重要なのは、何に使うお金なのかを決めておくことです。

このお金は、食費の不足分には使いません。電気代やガソリン代にも回しません。投資信託も買いません。

自分が長年やり残してきたことを、一つ終わらせるためだけに使います。

月三千円なら、一年間で三万六千円です。

老後資金全体から見れば、それほど大きな金額ではないかもしれません。しかし、人生を動かすには十分な金額です。

市民講座を受講する。

絵の具を買う。

昔住んでいた町まで電車で行く。

壊れた腕時計を修理する。

自分の写真をきちんと撮ってもらう。

会いたかった人に、小さな手土産を持って会いに行く。

こうした行動は、お金を増やすものではありません。けれども、「まだ自分は新しい行動を選べる」という感覚を取り戻させてくれます。

老後資金を考えるとき、私たちは損をしないことばかりに気を取られがちです。

詐欺に遭わないこと、投資で失敗しないこと、医療費に備えること、長生きしてもお金が尽きないようにすること。

どれも大切です。

ただし、お金を守ることだけを人生の目的にすると、最後には「お金は残ったが、何もできなかった」という別の失敗が起こる可能性があります。

私はこれを、老後資金の「使わなさすぎリスク」と呼んでいます。

十万円を衝動的に使う必要はありません。

毎月三千円でも、「これは自分の人生を一つ前へ進めるためのお金だ」と決めて使えばよいのです。

私の場合、最初に思い浮かんだのは、木工でした。

子どもの頃、父が日曜日になると家の裏で棚や踏み台を作っていました。私はその横で、落ちている木片を拾い、釘を打つ真似をしていました。

父は決して器用な人ではありませんでした。作った棚は少し傾いていましたし、引き出しも途中で引っかかりました。

それでも、自分の手で物を作る父の姿が、子どもの私には格好よく見えました。

大人になったら自分も作ってみたいと思っていました。

ところが就職し、結婚し、住宅ローンを払い、親の介護をし、毎日の仕事に追われているうちに、木工を始めることはありませんでした。

ホームセンターへ行けば、完成した棚が安く買えます。

わざわざ時間をかけて作る理由などないと思っていたのです。

しかし、理由がなかったのではありません。

効率や便利さを優先して、自分がやりたかったことを後回しにしていただけでした。

私は未完了口座に貯めたお金で、地域の木工教室へ申し込みました。

初心者向けの、小さな椅子を作る一日講座です。

参加費と材料費を合わせると、約五千円でした。

投資なら「五千円を使って、いくら増えるのか」と考えるところです。

しかし、この五千円は増えません。

代わりに、六十年以上残っていた小さな未完了案件が一つ減ります。

それだけで十分だと思いました。

私が作った椅子は誰にも座ってもらえなかった――ところが、その日から収入が始まった

講座の日は、朝から暑い日でした。

作業場には、私より少し若い男性、退職したばかりだという人、女性の参加者もいました。

講師から木材を渡され、寸法を測り、のこぎりで切り、紙やすりをかけました。

久しぶりに集中しました。

スマートフォンを見ることも、株価を確認することもありませんでした。

木の表面を何度もなでながら、ざらつきがなくなっていく感触を確かめました。

釘が少し曲がりました。

脚の長さも、わずかにそろいませんでした。

完成した椅子を床に置くと、少しだけガタガタしました。

私は思わず笑ってしまいました。

父が作った、あの傾いた棚とそっくりだったからです。

持ち帰った椅子を玄関に置くと、家族から言われました。

「それ、危ないから座らないほうがいいんじゃない」

確かに、その通りでした。

人に座ってもらうには少し不安があります。

せっかく五千円を使い、一日かけて作ったのに、椅子としては役に立ちません。

普通なら、失敗です。

しかし私は、その椅子を捨てませんでした。

玄関の隅に置き、鉢植えを載せました。

翌朝、そこに置いた朝顔が一輪咲きました。

ちょうど小暑の温かい風が玄関を通り抜け、紫色の花を揺らしていました。

その光景を写真に撮り、私は何げなく地域の交流サイトに投稿しました。

「六十歳を過ぎて、初めて椅子を作りました。人は座れませんが、朝顔は文句を言わず座ってくれました」

冗談のつもりでした。

ところが、その投稿を見た近所の人から連絡が来ました。

「同じような鉢植え台を作ってもらえませんか」

私は驚きました。

人が座れない失敗作を見て、注文したいという人が現れたのです。

最初は断ろうと思いました。

私は職人ではありません。寸法も完璧ではありませんし、作業も遅いです。

それでも相手は、「少しくらい不格好なほうが面白い」と言ってくれました。

材料費を受け取り、二台目を作りました。

完成まで三日かかりました。

お礼として、材料費とは別に三千円をいただきました。

投資の配当でも、会社からの給料でも、年金でもありません。

六十歳を過ぎて初めて、自分が新しく覚えたことから得た三千円でした。

金額だけを見れば、小さな収入です。

しかし、その三千円を財布に入れたとき、会社員時代の給料日とは違ううれしさがありました。

自分は、もう過去の経験だけで生きる人間ではない。

今から覚えたことでも、誰かの役に立てる。

そう思えたのです。

そして、ここで私は一つ気づきました。

「このままで終わりたくない」という言葉は、人生を大きく変えたいという意味ではありませんでした。

過去の自分のままで終わりたくない、という意味だったのです。

大きな資産を築かなくても構いません。

立派な肩書を取り戻さなくても構いません。

一年前にはできなかったことが、今は一つできる。

昨日まで知らなかった人と、今日は一言話せる。

ずっと先送りしていたことを、一つだけ終わらせる。

それだけで、人生は静かに動き始めます。

驚いたことに、私はその後、木工を商売にはしませんでした。

注文が増えそうになったところで、いったん断ったのです。

せっかく収入になり始めたのに、もったいないと思われるかもしれません。

しかし、私はお金を稼ぐために木工を始めたのではありません。

人生の未完了案件を、一つ終わらせるために始めたのです。

それを再び義務や納期に変えてしまえば、会社員時代と同じになってしまいます。

今は月に一つだけ、誰かのために小さな鉢植え台を作っています。

代金は決めていません。

野菜をいただくこともあれば、缶コーヒー一本のこともあります。何も受け取らないこともあります。

その代わり、玄関先で少し話をします。

体調のこと、畑のこと、年金のこと、暑さのこと。

私が手に入れたのは副業収入ではなく、近所に自分の居場所が一つ増えたことでした。

老後に本当に不足しやすいものは、お金だけではありません。

「明日、することがある」

「自分を待っている人がいる」

「昨日より少し上手になった」

その感覚も、老後の大切な資産です。

今日、通帳を見る前に、紙へ一つだけ書いてみてください。

「ずっとやってみたかったのに、まだやっていないこと」

そして、そのために月三千円だけ取っておきます。

高価な道具も、大きな覚悟も必要ありません。

七月の温かい風が吹くように、人生が動き始めるときも、最初はほんの小さな変化です。

「このままで終わりたくない」と感じているうちは、まだ終わりではありません。

その気持ちは、人生からの最後通告ではなく、これから始めるための招待状なのです。

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【参考にしたサイト】

・PRESIDENT Online
「これがなければ空しい老後が待ち受ける…人生の後半を幸せにする一番簡単な方法」
働くことや誰かの役に立つことが、人生後半の幸福感につながるという考え方を参考にしました。

・PRESIDENT Online
「人生後半戦は3段階に分かれる…大勢の定年後を取材してわかったこと」
六十代は、収入が多少減っても自由時間を生かし、自分の黄金時代にできる可能性があるという視点を参考にしました。

・PRESIDENT Online
「ついに70代前半男性の50%が勤労…定年後に後悔すること」
令和6年の65~69歳の就業率が54.9%、男性では64.8%に達しているという紹介を参考にしました。

・毎日が発見ネット
「シニアに向いている職種は? 70歳からの仕事の見つけ方」
地域で得意なことを生かし、短時間でも社会と関わる働き方の考え方を参考にしました。

・暦生活
「七十二候一覧/夏」
小暑の初候「温風至」が、温かな風が吹き、暑さが本格化していく頃であるという季節の表現を参考にしました。

【ブログ本文の文字数】
約5,200文字

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