定期預金に3000万円を10年間――「長く預ければ得」と信じた私が、通帳を見て悔しくなった日

7月18日。暦の上では、夏の土用を間近に控えた頃です。
朝から蝉の声がにぎやかで、庭の草木に水をやっただけでも額から汗が落ちてきます。冷蔵庫から麦茶を出し、扇風機の前に座っていると、昔の夏休みを思い出します。
ところが今年の私は、のんびり夏を味わっている場合ではありませんでした。
机の上には、銀行から届いた満期のお知らせと、古い定期預金の通帳が並んでいました。そこに記載されていた金利を見て、私はしばらく言葉を失いました。
「たった、これだけだったのか……」
私は老後のために貯めた3000万円を、ほとんど定期預金にしていました。
株は値下がりするかもしれません。投資信託も仕組みがよく分かりません。退職金を投資で失ったという話を聞くたびに、「増やすより、減らさないことが大切だ」と自分に言い聞かせてきました。
その考え自体は、今でも間違っていないと思っています。
しかし私は、もう一つ大きな思い込みをしていました。
定期預金は、1年より3年、3年より5年、5年より10年と、長く預けるほど金利が高くなるものだと思っていたのです。
3000万円を10年間も動かさずに置けば、それなりの利息になるだろう。銀行が預かってくれるのだから、老後資金の置き場所としては一番安全だろう。私はそう信じ、預けた後は金利を確認することもなく、ほったらかしにしていました。
ところが、2026年になって預金金利のニュースを目にする機会が増えました。ゆうちょ銀行では、2026年6月19日時点で10年定期貯金の金利が年0.9%と案内されています。また、2026年8月10日から通常貯金の金利を年0.4%へ引き上げる予定も公表されています。
「普通の貯金でも、そんな金利になる時代が戻ってきたのか」
そこで初めて、私は自分の定期預金の金利を確認しました。
すると、私が預けた当時の金利は、現在と比べれば驚くほど低いものでした。長期にしたからといって、必ずしも得ではなかったのです。
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私が3000万円を定期預金にしたのは、60歳を迎える少し前でした。
仕事を続けられるのも、あと何年か分かりません。年金だけで暮らせるとは思えず、病気や介護、自宅の修繕費なども気になっていました。
それまで何十年も働き、節約して貯めたお金です。
若い頃には、給料日前に財布の中が千円札一枚しか残っていない月もありました。子どもの教育費が重なった時期には、自分の背広を買い替えるのを何年も我慢しました。飲み会を断り、休日も仕事を入れ、少しずつ残してきたお金でした。
そのため、元本が減る可能性のある商品に預けることが怖かったのです。
銀行の窓口で「長期で預けます」と伝えた時、私は大きな仕事を終えたような安心感を覚えました。
10年後なら、自分は70歳前後です。その頃には年金生活にも慣れているでしょう。満期になった3000万円を必要に応じて取り崩せばよいと考えました。
しかし、私は金利の仕組みをほとんど理解していませんでした。
定期預金では、預け入れた時点の金利が満期まで適用される固定金利型が一般的です。金利が低い時期に10年間固定すると、その後に世の中の金利が上がっても、古い低金利のままになることがあります。
もちろん反対に、預けた後で金利が下がれば、長期で固定していた人が有利になります。つまり、10年定期が悪いわけではありません。「10年だから必ず得」という考え方が間違っていたのです。
仮に3000万円を年0.1%で10年間預けたとすると、単純計算による税引前の利息は合計約30万円です。預金利息には通常20.315%の税金がかかるため、手取りは約23万9000円になります。
一方、年0.4%の状態が10年間続いたと仮定すれば、税引前の利息は約120万円、税引後では約95万6000円です。
その差は約71万7000円です。
実際には、金利は途中で変化します。複利か単利か、利払いの時期、中途解約の有無によっても結果は異なります。そのため、この数字はあくまで比較のための概算です。
それでも、私にとって70万円は小さなお金ではありません。
電気代や食費が上がるなか、月に3万円ずつ使えば約2年分です。古くなったエアコンの交換や、車検、給湯器の故障にも備えられます。
通帳を見ながら、私は「なぜ1年に一度くらい確認しなかったのだろう」と悔しくなりました。
老後のお金は、派手に失うだけが失敗ではありません。
何もしなかったために、受け取れたはずの利息を逃すこともあります。しかも、この失敗は通帳の元本が減らないため、本人がなかなか気づきません。
3000万円を一度に預ける前に、60代が確認したい三つのこと
私が最初に見直したのは、預ける期間でした。
老後資金は、10年後に一度だけ使うものではありません。来年には車の買い替えが必要になるかもしれません。3年後には屋根の修理、5年後には医療費や介護費が必要になる可能性もあります。
そこで私は、3000万円を一つの10年定期にまとめるのではなく、使う時期ごとに分けて考えることにしました。
例えば、近い将来に使う生活資金は普通預金や短期の定期預金に置きます。数年間使わないお金は1年、3年、5年など満期をずらして預けます。
1000万円を1年定期、1000万円を3年定期、残りを5年定期にする方法もあります。毎年あるいは数年ごとに満期が来るように分ければ、その時点の金利や生活状況を見ながら、預け直すか使うかを決められます。
これなら、全額を一度に動かす必要がありません。
二つ目は、中途解約時の金利です。
定期預金は、多くの場合、満期前でも解約できます。ただし、当初の約束どおりの利率が適用されず、低い中途解約利率になることがあります。
私は以前、「定期にすると10年間は引き出せない」と思っていました。実際には解約できる商品が多いのですが、条件は金融機関や商品によって異なります。
老後には急な入院、住宅設備の故障、家族への援助など、予定外の出費があります。生活費まで長期定期に入れてしまうと、必要な時に不便です。
最低でも半年から1年分程度の生活費と、医療・修繕などの予備費は、すぐ引き出せる場所に置いた方が安心です。
三つ目は、預金保険制度です。
利息の付く普通預金や定期預金などは、金融機関が破綻した場合、原則として一つの金融機関につき、預金者一人当たり元本1000万円までと、その利息が保護されます。
3000万円を一つの金融機関にまとめていた場合、すべてが同じ範囲で保護されるわけではありません。安全のために預金を選んだのに、一つの銀行へ集中させていては、肝心なところに穴が残ります。
私は3000万円を三つの金融機関へ分けることにしました。名義や対象商品などによって取り扱いが変わる可能性がありますので、詳しい条件は預金保険機構や各金融機関で確認する必要があります。
さらに気になったのが、物価上昇です。
総務省統計局によると、2026年5月の全国消費者物価指数は、総合で前年同月比1.5%上昇しています。生鮮食品を除く総合でも1.4%の上昇でした。
仮に預金金利が年0.4%で、物価が年1.5%上がれば、通帳の残高は増えても、お金の実質的な購買力は目減りすることになります。
3000万円という数字が変わらなくても、10年後に買える物の量が同じとは限りません。
だからといって、老後資金をすべて株式へ移すのも私には怖すぎます。大切なのは、預金か投資かの二者択一ではなく、お金の役割を分けることだと思います。
近いうちに使うお金は預金で守り、10年以上使わない余裕資金については、値動きのある商品も少額から検討します。投資をする場合でも、一度に大金を入れず、NISAなどの制度を確認しながら時間を分ける方法があります。
また、元本割れを避けたい人には、定期預金だけでなく個人向け国債という選択肢もあります。ただし、商品ごとに中途換金の条件や適用金利が違います。広告に大きく書かれた数字だけを見ず、公式資料を読むことが欠かせません。
「年5%」と書かれていても、適用期間が3カ月だけなら、100万円を預けて受け取れる税引前利息は単純計算で約1万2500円です。100万円の5%で5万円もらえるわけではありません。
年率なのか、預入期間全体の利率なのか。税引前なのか、税引後なのか。満期後は自動継続されるのか。この三つを確認するだけでも、勘違いはかなり防げます。
悔しさから解約を決めた私に、亡き妻の封筒が届いた
私は、3000万円を低い金利のまま10年間置いたことが、どうしても悔しくてなりませんでした。
もっと勉強していればよかった。毎年確認していれば、少なくとも何度か預け直す機会はあったはずです。
腹立ちまぎれに、定期預金を全部解約し、値上がりしている株へ移そうと考えたこともあります。
「預金で損をした分を、投資で取り戻してやる」
今思えば、これが最も危険な考えでした。
7月の暑い午後、銀行へ出かける準備をしていると、息子が古い茶封筒を持って訪ねてきました。
「母さんの机を整理していたら、これが出てきた」
表には、妻の字で「お父さんが定期預金を解約したくなった時に」と書かれていました。
妻は数年前に亡くなっています。几帳面な人でしたが、こんな手紙を残していたとは知りませんでした。
封筒を開けると、便箋が二枚入っていました。
そこには、私が3000万円を定期預金にした当時のことが書かれていました。
当時、私は知人から太陽光発電事業への出資を勧められていました。「元本はほぼ安全」「毎年高い配当が入る」と説明され、かなり心が動いていたのです。
妻は不安を感じ、私に定期預金を勧めました。
手紙には、こういう意味のことが記されていました。
「利息が少なくても、お父さんが長年働いて貯めたお金が残れば、それで十分です。増えなかったことを悔しがる日が来るかもしれません。でも、あの時に預金へ入れなければ、もっと大きく減っていたかもしれません」
私は、その場からしばらく動けませんでした。
後で分かったことですが、私を誘った知人は、その事業で1000万円以上を失っていました。予定された配当は途中で止まり、出資金の多くも戻らなかったそうです。
つまり、私が「失敗だった」と悔しがっていた10年定期は、私の3000万円を増やしてはくれませんでしたが、失わせもしなかったのです。
私を裏切ったのは定期預金ではありませんでした。
「もっと増やせたはずだ」という、後から生まれた欲の方でした。
私は銀行へ行くのをやめ、冷蔵庫から麦茶を出しました。そして仏壇の前に座り、妻の手紙をもう一度読みました。
蝉の声が、先ほどより静かに聞こえました。
もちろん、だから10年定期へ全額を預け続ければよいという話ではありません。低金利の時期に長期間固定したこと、金利を一度も確認しなかったこと、使う時期を考えず3000万円をまとめたことは、今後改めなければなりません。
私は翌週、3000万円を三つの金融機関に分散し、満期も1年、3年、5年に分けました。生活費と医療費の予備資金は、すぐ引き出せる口座へ残しました。
さらに、ごく一部だけを「勉強代」と決め、NISAで積み立てる準備を始めました。値上がりした商品へ一度に飛びつくのではなく、少額で仕組みと値動きに慣れることにしたのです。
60代になると、若い頃のように「失敗しても働いて取り戻せばよい」とは簡単に言えません。その一方で、怖がって何も確認しなければ、物価や金利の変化に取り残されます。
必要なのは、臆病になることでも、急に大胆になることでもありません。
年に一度、誕生日や年金の通知が届く時期に、預金金利、満期日、保護される範囲、生活費の残高を確認することです。私は毎年7月18日を「わが家のお金の点検日」に決めました。
10年間ほったらかしにした時間は戻りません。
しかし、3000万円が残っている今なら、置き場所を見直すことはできます。悔しさを抱えたまま投資で取り返そうとするより、まず守るお金、使うお金、育てるお金に分ける方が、私たちの年代には合っています。
あの10年定期は、最高の運用ではありませんでした。
けれども、最低の選択でもありませんでした。
妻の手紙を読んだ今、私はこう思っています。
老後のお金で最も怖いのは、利息が少ないことではありません。悔しさと焦りに押され、自分が理解していないものへ全財産を動かしてしまうことです。
通帳の数字を増やすことだけが、資産形成ではありません。
家族との暮らしを守り、夜に安心して眠れるようにお金を置いておくことも、立派な資産形成なのだと思います。
※金利や制度は2026年7月18日時点で確認した情報を基にしています。金融商品の条件は変更されるため、契約前に各金融機関の公式情報をご確認ください。本記事は特定の商品や投資を勧めるものではありません。




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