通帳残高は増えたのに、なぜか毎日が小さくなった|人生の賞味期限に気づいた夏

時間と絆を感じる午後
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時間と絆を感じる午後

老後のお金について考えると、つい「いくらあれば安心できるのか」という数字ばかりを追いかけてしまいます。

1,000万円、2,000万円、あるいは3,000万円。目標額を決めて倹約することは、決して間違いではありません。年金だけでは足りない生活費、住宅の修繕、医療や介護など、備えておきたい支出はいくつもあります。

しかし、60代になって私が感じるのは、貯蓄には「安心を増やす面」と同時に、「今を我慢する癖を強くする面」もあるということです。

預金残高が増えているのに、なぜか心配は減りません。

1,000万円を超えれば、次は1,500万円。そこまで貯まれば、今度は2,000万円を割りたくないと思います。目標を達成しても安心するのは一瞬で、すぐに新しい不安が顔を出すのです。

今日は2026年7月22日です。暦の上では夏の土用に入り、まもなく一年で暑さが最も厳しくなるころとされる「大暑」を迎えます。朝からセミが元気に鳴き、庭の草は、こちらの体力などお構いなしに伸びています。

こんな暑い日に通帳の数字とにらめっこしていると、ふと思います。

お金は増やせても、今年の夏は貯金できないのです。

2026年の夏を使わなければ、そのまま過ぎてしまいます。あとで資産が増えたとしても、今年の朝の光や、元気に歩けた一日を買い戻すことはできません。

だからといって、貯金を全部使おうという話ではありません。大切なのは、お金を守ることと同じくらい、お金では貯められないものを守ることです。

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目次

貯金通帳には記録されない「老後の本当の資産」

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一つ目は、行きたい場所へ行ける「動ける時間」です

60代になると、お金の価値より先に、時間の価値が変わってきます。

若いころの私は、旅行や趣味を先延ばしにしても、それほど気になりませんでした。「来年行けばいい」「仕事が落ち着いてからでいい」と考えていたからです。

ところが60代になると、その「来年」が必ず同じ条件でやって来るとは限りません。

自分が元気でも、妻や友人の体調が変わることがあります。長距離の運転が疲れるようになるかもしれません。膝や腰が痛くなれば、石段の多い寺や坂道のある町を歩くことが難しくなります。

お金があることと、お金を使えることは別なのです。

私は以前、1泊の小旅行に誘われたとき、宿泊代がもったいないと思って断ったことがあります。交通費、食事代、土産代まで含めれば、2万円ほどかかる計算でした。

そのときの私は、2万円が通帳から減ることばかり考えていました。

ところが、その後、誘ってくれた人の足が悪くなりました。「また今度」が実現しないまま、数年が過ぎています。

2万円は今でも持っています。しかし、あの日の旅行はもう買えません。

これが60代のお金の難しいところです。

節約して残した2万円には数字としての価値があります。一方、使わなかったことで失った一日は、家計簿には記録されません。数字に表れないため、私たちは損をしたことにさえ気づきにくいのです。

そこで私は、お金を三つに分けて考えるようになりました。

一つは、毎月の生活に使うお金。二つ目は、医療、介護、住宅修繕など将来に備えるお金。そして三つ目は「元気な今しか使えないお金」です。

三つ目をぜいたく費と呼ぶと、使うたびに罪悪感が生まれます。そこで私は「期限付き資金」と考えています。

旅行、友人との食事、少し遠くの温泉、趣味の道具などは、いつでも同じように楽しめるとは限りません。体力があるうちに使わなければ価値が下がる、賞味期限のある支出です。

もちろん、無理に遠くへ旅行する必要はありません。

朝の涼しいうちに喫茶店まで歩いてコーヒーを飲む。隣町の食堂へ昼ご飯を食べに行く。昔好きだった音楽を聴くため、小さなスピーカーを買う。こうした数百円、数千円の支出でも、日常の景色は変わります。

老後資金の計画を立てるときは「何歳までお金が持つか」だけでなく、「何歳まで何ができそうか」も一緒に考える必要があります。

通帳のお金には寿命がありません。しかし、使う側の体力には、残念ながら期限があります。

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二つ目は、薬より前に守っておきたい「体と生活のリズム」です

60代の健康というと、血圧、血糖値、体重、コレステロールなどの数字が気になります。

検査結果に問題がなければ安心し、少し基準を超えると急に不安になります。それは当然のことです。しかし、健康も貯金とよく似ています。数字だけを守ろうとすると、生活そのものが窮屈になることがあります。

食費を減らすために、毎日安い麺類だけで済ませる。電気代が惜しくて、暑いのに冷房を我慢する。靴底がすり減っているのに買い替えない。歯に違和感があっても、治療費が気になって歯科医院へ行かない。

これらは一見すると節約ですが、将来の医療費を増やす可能性のある節約でもあります。

特に夏の冷房代は、私たちの世代にとって悩ましいものです。「昔は扇風機だけで過ごした」と言いたくなりますが、今の暑さを昔の経験だけで判断するのは危険です。

7月22日ごろは、二十四節気の大暑を目前にした厳しい暑さの時期です。高齢になるほど、暑さや喉の渇きを感じにくくなることがあります。電気代を惜しんで体調を崩せば、節約した金額をはるかに超える負担が発生しかねません。

冷房、水分、栄養、歩きやすい靴、定期的な歯科受診などは、単なる出費ではありません。元気に暮らせる時間を延ばすための維持費です。

私の日常は、決して特別なものではありません。

朝起きて水を飲み、血圧を測り、新聞に目を通します。暑くなる前に近所を歩き、帰宅したらシャワーを浴びます。昼食後は少し横になり、夕方になるとスーパーへ出かけます。

以前の私は、歩くためにお金を使う必要はないと思っていました。しかし、足に合わない古い靴を履き続けた結果、かかとが痛くなり、散歩を休む日が増えました。

数千円を惜しんだために、運動する習慣を失いかけたのです。

新しい靴に買い替えると、また歩くのが楽しくなりました。スーパーで季節の野菜を眺めたり、近所の人と立ち話をしたりする機会も戻りました。

靴を買ったのではなく、「外へ出る理由」を買ったのだと思います。

健康への支出は、病気を完全に防ぐためのものではありません。自分で買い物へ行く、風呂に入る、料理を作る、好きな場所へ出かける。そうした普通の日常を、なるべく長く続けるためのものです。

老後のお金を守るために健康を削るのは、金庫を守るために家の柱を切り取るようなものです。

貯金額が少し減っても、動ける日が一日増えるなら、その支出には十分な意味があります。

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三つ目は、人とのつながり――しかし私が守ろうとしていた相手は、すでにいませんでした

お金以上に大切な三つ目は、人とのつながりです。

もっとも、これは単純に「友達を増やしましょう」という話ではありません。60代になると、人間関係の数よりも、自分から声をかけられる相手が一人いることのほうが大切になります。

私は昔から、人に迷惑をかけるのが苦手でした。

食事に誘えば相手がお金を使う。旅行に誘えば予定を空けてもらわなければならない。相談をすれば心配をかける。そのように考えて、自分から連絡することが少なくなっていました。

同窓会の案内が届いても「今回はやめておこう」と欠席しました。会費の8,000円が高いという理由をつけましたが、本当は、久しぶりに会った友人に老けたと思われるのが嫌だったのかもしれません。

ある夏の日、古い友人から電話がありました。

「涼しくなったら、昔よく行った食堂へ行こう」

私は「秋になったらな」と答えました。

その年の秋、こちらから連絡することはありませんでした。翌年も、通帳には同窓会へ行かなかった分のお金が残っていました。

先日、机の引き出しを整理していると、その友人から届いた古い年賀状が出てきました。裏側に小さな文字でこう書かれていました。

「今度会ったら、借りていた千円を返します」

私は、その千円のことをまったく覚えていませんでした。

気になって共通の知人へ電話をすると、しばらく沈黙したあと、こう言われました。

「知らなかったのか。あいつ、去年亡くなったぞ」

私は受話器を持ったまま、何も言えませんでした。

電話を切ったあと、年賀状をもう一度見ました。そして、ようやく思い出しました。

何十年も前、二人で食堂へ入ったとき、友人が財布を忘れていました。私が立て替えたのは千円ほどだったと思います。私はとっくに忘れていたのに、友人はずっと覚えていたのです。

私は急に、自分が老後のために何を貯めてきたのか分からなくなりました。

友人に迷惑をかけないため、交際費を減らし、将来困らないようにお金を残してきたつもりでした。しかし、本当に残っていたのは、返してもらう必要のない千円と、かけなかった一本の電話でした。

ここで話は終わりません。

後日、その友人の奥さんを訪ね、年賀状を見せました。すると奥さんは驚いた顔をしたあと、仏壇の引き出しから小さな封筒を持ってきました。

表には私の名前が書かれていました。

中には千円札が一枚と、短いメモが入っていました。

「これで二人分のコーヒーを飲んでください。私は写真で参加します」

私はてっきり、借りていた千円を返すための封筒だと思いました。

ところが奥さんは言いました。

「それ、借りたお金ではありません。あの人が亡くなる少し前に、自分のお金を入れて用意したんです。あなたが一人で喫茶店へ行かない人だから、これなら行くだろうって」

驚いたことに、友人は私からお金を借りたことなどなかったそうです。

「千円を返す」という年賀状の言葉は、私をもう一度外へ連れ出すための、友人なりの口実だったのです。

私はその千円札を持って、昔二人で通った喫茶店へ行きました。コーヒーを二つ注文しようかとも思いましたが、店員さんを困らせそうなので、一杯だけにしました。

空いている向かいの席に友人の年賀状を置きました。

会計は500円でした。残った500円を封筒へ戻そうとしたとき、ふと友人の声が聞こえた気がしました。

「また貯めるのか」

思わず笑ってしまいました。

そこで私は、残りの500円で店の焼き菓子を買い、帰り道で近所の一人暮らしの男性に渡しました。相手は驚きながらも、「今度、うちでお茶でも飲もう」と言ってくれました。

友人の千円は、半分が思い出になり、もう半分が新しい約束になりました。

その日、通帳の残高は増えませんでした。しかし、私の老後資産は確かに増えたと思います。

お金以上に大切な三つのもの。それは、動ける時間、日常を支える健康、そして声をかけ合える人とのつながりです。

これらは、お金があればある程度まで守れます。しかし、通帳に入れたままでは役に立ちません。

大切なのは、老後資金を使い切ることでも、ひたすら残すことでもありません。

まず年金額と毎月の生活費を確認し、医療・介護・住宅修繕などの予備費を確保します。そのうえで、残ったお金の一部を「今しか使えないこと」に振り分けるのです。

月に3,000円でも5,000円でも構いません。

会いたい人に会う。歩きやすい靴を買う。食べたかったものを食べる。行けるうちに行きたい場所へ行く。そして、ときには誰かのためにコーヒー代を出す。

貯金通帳の残高は、人生の点数ではありません。

最後に残高が多かった人が勝つわけでもありません。自分に必要な備えを持ちながら、今日という日にもきちんとお金を使えた人こそ、人生後半のお金と上手につき合えた人ではないでしょうか。

今年の夏も、一度しかありません。

暑さに気をつけながら、まずは一本、会いたかった人に電話をかけてみようと思います。

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参考にしたサイト

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