悲しき60代、ラジオ体操の翌日に届いた「体からの請求書」

朝の六時半、テレビから聞き慣れたピアノが流れてきました。子どもの頃から何度も耳にしてきた、あのラジオ体操の音楽です。私は湯のみを置き、「これくらいなら運動のうちにも入らんだろう」と立ち上がりました。
腕を前から上へ。横へ。体をねじり、前に曲げ、胸を反らす。途中の跳ぶ運動では、階下に響くといけないので、ほんの少しだけかかとを浮かせました。終わったときには息も乱れず、額に汗がにじむほどでもありませんでした。
「まだまだ若いな」
誰も見ていない居間で、私は小さく胸を張りました。ところが翌朝、布団から起き上がろうとすると、肩の後ろと脇腹、それに太ももの内側が、そろって抗議を始めました。腕を伸ばせば「いてて」、靴下をはこうと腰を曲げれば「よいしょ」では足りず、「どっこいしょ」まで出ました。
たった数分のラジオ体操です。山に登ったわけでも、重いダンベルを持ったわけでもありません。それなのに翌日の私は、昨日より三歳ほど年を取ったような歩き方になっていました。
暑い日は、外を歩くより冷房の効いた部屋でラジオ体操をするほうが安全そうに見えます。しかし、涼しい部屋でできることと、体にとって軽いことは、必ずしも同じではありません。
全国ラジオ体操連盟によれば、ラジオ体操第1は一般向けで、第2ほど運動強度は高くありません。ただし、「誰でもできる」は「誰がどんな動かし方をしても翌日に何も起こらない」という意味ではないのでしょう。
むしろ60代になると、簡単そうに見える動きほど、自分が日頃どこを使っていないかを正直に教えてくれます。
私は筋肉痛になったことそのものより、ラジオ体操を見くびっていた自分がおかしくなりました。若い頃の記憶では、あれは運動前の準備運動でした。ところが今の私には、準備運動の前に準備が要るのです。
悲しい話です。しかし、少し考え直すと、これは財布から一円も取らずに体の弱い場所を知らせてくれる、ありがたい「定期点検」でもありました。
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ラジオ体操を「知っている」と、体が「できる」は別の話でした
ラジオ体操の困ったところは、動きを知り過ぎていることです。音楽が鳴れば、頭の中では次の動作が先に出てきます。腕を振る、脚を曲げる、体を回す。子どもの頃に覚えた順番は、60代になっても残っています。
ところが、頭の中の見本は十代のままでも、実際に動かす体は現在のものです。
肩が上がるつもりでも、鏡を見ると斜め前で止まっています。体を横に曲げたつもりでも、腰ではなく首だけが傾いています。膝を柔らかく使ったつもりが、足首を固めたまま上下していました。
私は普段、自営業の用事で車に乗ることが多く、家に戻れば椅子に座ってスマートフォンや通帳を眺めます。買い物では重い袋を持つので、腕力はまだあると思っていました。
しかし、買い物袋は下にぶら下げるだけです。腕を頭の上まで上げたり、胸を大きく開いたり、体を左右へねじったりすることは、日常では驚くほど少ないのです。
筋肉痛は、慣れない運動などのあと時間を置いて現れることがあり、「遅発性筋肉痛」と呼ばれます。
「年を取ると筋肉痛が二日後に来る」とよく笑い話にしますが、痛みが出る早さを年齢だけで決めつけられるわけではありません。筋肉痛に関する専門家の解説でも、若いから早く、年齢を重ねたから遅くなるという明確な年代差はないとされています。
翌日に痛んだから若い、二日後だから老いた、という体内年齢判定機ではないのです。
大切なのは、痛みの到着時刻を自慢したり嘆いたりすることではなく、どの動きのあと、どこに、どのような痛みが出たかを見ることです。
私の場合、両肩の後ろと脇腹、太ももの内側に、動かしたときの鈍い張りがありました。ラジオ体操で久しぶりに大きく腕を振り、体を横へ曲げ、脚を開いた結果だろうと見当がつきました。
逆に、関節の一点が鋭く痛む、片側だけ強く痛む、腫れや熱っぽさがある、腕に力が入らない、夜も眠れないほど肩が痛む、といった場合まで「筋肉痛だから我慢」と決めつけるのは危険です。
日本整形外科学会は、60代に多い肩腱板断裂では、運動時や夜間の痛み、腕を上げるときの力の入りにくさなどがみられると説明しています。胸の痛み、息苦しさ、めまいなどが運動中に出た場合も、体操を続けて根性を試す場面ではありません。
60代の厄介さは、痛みを二つの極端な物語にしてしまうことです。
一つは「年だから仕方ない」、もう一つは「これくらいで休んだら情けない」です。どちらも体をよく見ていません。
私たちが見るべきなのは年齢ではなく、痛みの性質です。両側の筋肉にある軽い張りなのか。関節や腱にありそうな鋭い痛みなのか。日ごとに軽くなるのか、強くなるのか。
ラジオ体操は、その違いに気づくための小さな点検表にもなります。
翌朝の私は、洗面所で顔を洗うために前屈しただけで脇腹が突っ張りました。そこで笑ってしまいました。銀行口座の残高は毎日のように確認するのに、自分の肩がどこまで上がるかは何年も確認していなかったからです。
老後に大切なのは、資産残高だけではありません。腕が上がる範囲、片足で立てる時間、椅子から立つときの軽さ。こうした「体の残高」は、通帳のように数字で届きません。
だからこそ、ときどき動いて確かめなければ、減っていることにも気づきにくいのです。
株歴50年超のプロが今、買うべきと考える銘柄翌日痛いから全休ではなく、半径を小さくして続ければよいのです
筋肉痛になった翌日、私はラジオ体操を休もうと思いました。三日坊主ならぬ、一日で廃業です。
「毎日やるから体にいいのであって、痛いのにやったら逆効果だ」
そんな、もっともらしい理由まで浮かびました。しかし、本音は単純でした。また痛くなるのが嫌だったのです。
ここで無理に同じ動きを繰り返す必要はありません。反対に、軽い筋肉痛だけなのに、痛みが完全にゼロになるまで何日も寝たきり同然で過ごす必要もありません。
健康長寿ネットは、運動負荷を軽いものから段階的に上げ、運動後にはストレッチや軽い運動で整理することを勧めています。
私は二日目から、ラジオ体操を「百点満点でやる」という考えを捨てました。
腕は痛くない範囲まで。前屈は床を目指さず、膝の上に手が届けば合格。跳ぶ運動は跳ばず、かかとの上げ下げに変更しました。音楽より遅れても気にしません。テレビの中の人と同時に終わらなくても、誰から減点されるわけでもありません。
全国ラジオ体操連盟も、体操は終始「力まず」「ゆったりと」行うことに配慮されており、自分が動きやすい速さでよいと案内しています。
また、ラジオ体操第1や第2の負荷が大きい人には、加齢などで衰えた部分を補うことも考えて作られた「みんなの体操」という選択肢があります。
この情報を知って、私は少し救われました。ラジオ体操には、音楽についていけない人を置き去りにしない逃げ道が、もともと用意されていたのです。
60代の運動で必要なのは、昨日の自分に勝つことより、明日も嫌にならない強度を見つけることです。
初日は張り切って腕を耳の横まで伸ばし、翌日は痛くてやめ、三日目からテレビを見るだけになる。それでは立派な一回より、少し小さな動きの十回に負けます。
私は自分なりに「三つの小さくする」を決めました。
一つ目は、動きの半径を小さくすることです。肩がつらい日は、腕を真上まで上げず、胸の高さまでにします。体を反らす動きも、天井を見る必要はありません。
二つ目は、回数を小さくすることです。全部を通して行うのがつらければ、前半だけでも構いません。毎日の習慣は、完走証をもらう競技ではありません。
三つ目は、見栄を小さくすることです。これが一番難しいのですが、「ラジオ体操くらい完璧にできる」という思い込みを下ろします。できない動きがあれば、それが今日の体から届いた情報です。
そして大暑の今は、暑さへの配慮も欠かせません。朝でも気温や湿度が高い日があります。厚生労働省の健康管理資料でも、高齢者は暑さに適応する力が弱まると注意を促しています。
昔の夏休みのように、炎天下の広場へ集まることだけがラジオ体操ではありません。室温と水分、体調を確かめ、冷房の効いた部屋で滑りにくい場所を確保し、必要なら椅子を支えに使う。60代には60代の夏のやり方があります。
運動後は、痛みを消そうとして強く揉んだり、反動をつけて無理に伸ばしたりせず、呼吸を止めない軽い動きで終えるようにしました。
その日の体調、持病、服薬、以前のけがによって安全な範囲は変わります。治療中の病気や関節の痛みがある方は、かかりつけ医などに相談して始めるのが安心です。
私の生活は、派手には変わりません。
朝は湯を沸かし、新聞をめくり、仕事の連絡を確認します。昼にはそうめんを茹で、薬味のねぎを刻みます。夕方になれば、庭先の鉢に水をやります。その間に三分ほど体を動かすだけです。
けれども、三日目には靴下をはくときの「いてて」が一つ減りました。五日目には、腕を上げたときに肩より先に耳が逃げる癖に気づきました。
ラジオ体操は若返りの魔法ではありませんが、昨日まで見えなかった自分の動きが見えるようになります。
筋肉痛は不合格通知ではありません。「今のやり方は少し大き過ぎました」という、体からの丁寧な連絡です。
返事は、全部やめることでも、痛みを押して続けることでもなく、明日の動きを少し小さくすることでした。
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一週間ほどたった朝、私は近所の公園でラジオ体操をしてみることにしました。
家で一人なら動きを小さくできますが、人前に出ると妙な見栄が顔を出します。前の列にいた同年代らしい男性が、背筋をぴんと伸ばして腕を高く上げていました。
負けるものか、とは思っていません。思っていないつもりでした。しかし音楽が始まると、私の腕は家でやるときより十センチほど高く上がり、前屈も少し深くなりました。
人間は六十を過ぎても、隣の人がいるだけで運動会になります。
終わったあと、その男性が笑って言いました。
「最初から飛ばすと、明日きますよ」
私は経験者らしい顔で、「もう一度きています」と答えました。
その日の夕方、家に戻ると妻が家計簿を開いていました。私は肩を回しながら、「ラジオ体操で筋肉痛になるとは、悲しい年齢になったものだ」とこぼしました。
すると妻は顔も上げずに言いました。
「ラジオ体操のせいじゃないでしょう」
話を聞くと、前日の私は、体操を終えたあと妙に気分が良くなり、物置に積んであった古新聞を二束まとめ、庭の植木鉢を三つ動かし、さらに扇風機を二階から下ろしていたそうです。
私はそのことを、すっかり忘れていました。
つまり、筋肉痛の犯人はラジオ体操ではありませんでした。
正確には、ラジオ体操で少し動けたことがうれしくなり、「今日は体が軽い」と勘違いして、そのあと一人で小さな引っ越しを始めた私自身でした。
ここまでは笑い話です。ところが妻が家計簿の一行を指さしたところで、私は本当に驚きました。
「体の修理用に取っておいた五千円、使わずに済んだでしょう。だから今日、二人でうなぎを食べます」
家計簿には、「体の修理代 5,000円」と書かれ、その横に赤い線が引かれていました。
私は筋肉痛を、老いの証拠であり、医療費の入口だと思っていました。妻はそれを、暮らしを見直すきっかけと、夏の小さな楽しみに変えていたのです。
もっと驚いたのは、その翌朝でした。いつもの時間にテレビをつけると、妻が私より先に立っていました。
「今日は私が前。あなたは後ろ。見栄を張らないように監督します」
そう言って、妻は椅子に片手を置き、跳ばずにラジオ体操を始めました。私はその後ろで、昨日公園で会った男性よりも、妻の小さな動きをまねました。
ラジオ体操で翌日筋肉痛になった悲しき60代の話は、そこで終わりませんでした。
最後に残ったのは、衰えを嘆く男の姿ではなく、三分間の体操をきっかけに、夫婦で体と家計の両方を点検する朝でした。
筋肉痛は、若さが去った知らせではありません。まして、翌日に来たから若いという勲章でもありません。それは「普段と違うことをしましたね」と体が寄こす、少し遅い領収書のようなものです。
領収書を見て店を閉めるか、次は買い過ぎないようにするか。選ぶのは自分です。
私は明日もラジオ体操をします。ただし、百点の動きは目指しません。
腕は上がるところまで、膝は痛くないところまで、そして終わったあとに植木鉢を運ばないところまでです。
大暑の朝、セミの声に負けない音量で流れるピアノに合わせ、妻と二人で少し不格好に動きます。
見た目は悲しき60代かもしれません。しかし、笑いながら続けられるなら、それは案外、悪くない老後の始まりです。
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【参考にしたサイト】
・All About「要介護状態になっても諦めない筋力トレーニング」
・毎日が発見ネット「ひざの痛みとラジオ体操」
・日刊SPA!「60歳になっても健康的な人が続けていること」
・日刊ゲンダイ「正月ボケの怠けた、偏ったカラダに喝!」
・全国ラジオ体操連盟
・健康長寿ネット「筋肉痛の予防と治す方法」
・日本整形外科学会「肩腱板断裂」
・国立天文台「令和8年暦要項」
【ブログ本文の文字数】
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