近所のご老人が亡くなられました

今日は、少し残念で悲しいブログになります。

いつも近所のおじいちゃんとは、顔なじみで、私が、この田舎に引越ししてきてから、いつも声を掛け合う仲だったのですが、最近様子を見ないなと思っていたら、ひっそりと亡くなっていました。

2月の上旬には、私がヘルニアで通っている病院内で、偶然出会い、「元気にしとる?」と効くと入院しているにも関わらず、「早く家に帰りてんじゃ」といっていました。

その後、退院し、何度か散歩途中のこのおじいちゃんと挨拶をかわしました。

その後、私も気にもせず、日々の生活を送っていましたが、ふとしたことから「最近おじいちゃんの様子を見らんけど、どうしたんやろ」と思いつつ、また入院でもしてのかなと思っていました。

先日の野球部のさよなら試合のあとの懇親会で、おじいちゃんの近所に住む父兄に、そのおじいちゃんの様子を聞いたところ、「3月の上旬に亡くなったよ」といわれ、すごく驚きました。

そんなことなら、もっといろんなお話をしとくべきだった、そしてもっといろんなところへ連れて行ってあげればよかったと、やっぱり後悔します。

「やっぱり」というのは、常日頃から、足腰が弱ってくるおじいちゃんを見ていると、何かしてあげねばと、思いつつも何もしてやれなかった「後悔」の思いです。

最後は、どのような状況で、亡くなったのかは、わかりませんが、病気を抱えていたそうです。

このおじいちゃんとは、よく、たけのこを掘りに行ったり、山菜(わらび)をとりに行ったりと、この田舎をあまり知らない私に、いろいろと田舎暮らしの楽しみを教えてくれた人なのです。

二十年近く、散歩をしているおじいちゃんに声をかけるのが、私の日課だったようなものです。

このおじいちゃんが、毎日散歩することで、この地区の治安も守られていたのかも知れません。

子供たちにも人気があり、いつも笑顔で、おしゃべりしていた姿を思い出すと、やっぱり寂しい思いがこみ上げてきます。

朝、早くから我が家のピンポンを鳴らし、たけのこ堀に行こう!とかタラの芽取りに行こう!などとお誘いを受けたことも楽しい思い出として残っています。

この田舎で生まれ、最後までこの地で過ごせたことは、おじいちゃんにとっては、すごく幸せなことだったのではないでしょうか。

なんだか、今でも、朝、出勤する前に、家の前を散歩しているおじいちゃんがいるよう気がしてなりません。

みんなの声